古くはノッティンガム・フォレストの「三段跳び」がある。2部優勝。1部優勝。そして、チャンピオンズ・カップ優勝。最近では(といっても10年前の話だが)、ブンデスリーガにおける「カイザースラウテルンの奇跡」か。こちらはまさかの2部降格後、1年で復帰してすぐさまの優勝だった。長い歴史を持つ欧州のリーグには、おとぎ話のようなサクセス・ストーリーがいくつか記されている。
ちなみに、ノッティンガム・フォレストは、いまは亡きブライアン・クラフ。カイザースラウテルンはオットー・レーハーゲル。開幕前は「降格を免れれば上出来」と評されていたチームを奇跡とも言える優勝に導いたのは、どちらも、極めて強烈なパーソナリティを持つ監督だった。これは決して偶然の産物ではない。
サッカーに限らず、スポーツでは「何が起きるかわからない」ということがよく言われる。弱者であっても強者を倒すことは十分にあり得るわけだが、ファンやマスコミよりも内情を知り、また彼我の力関係をよく知る当事者の選手たちは、これから待ち受ける結果をある程度予想というか覚悟してしまっている場合が少なくない。良くも悪くも、自分で自分の可能性にリミッターを設定してしまうのである。
そこで、監督のパーソナリティが重要になってくる。
2部から昇格してきたチームにとって、序盤の戦いはすべてが挑戦である。負けて当然。勝てば金星。選手は伸び伸びとプレーし、また、相手も積極的に勝ちにきてくれるため、チャンスが生まれる可能性も高くなる。
だが「好調」も長く続けば「通常」となる。弱者と見られていたチームも、勝ち続けることによっていつしか強者として認知されるようになる。となると、相手も戦い方を変え、警戒心を露(あらわ)にぶつかってくるようになる。
シーズン半ばにして激変する対戦相手の見方、そして自分たちの心理状態。監督に求められるのは、そこでセカンドステップに進む手段と、その手段を選手たちに信じ込ませる「洗脳力」である。個性派で知られるクラフ、レーハーゲルには、その力があった。
では、柏の石崎監督はどうか。
実直な人柄で知られる彼が、どの段階で「教祖」的なオーラを醸しだせるかどうか。柏のおとぎ話が実現するか否かは、その一点にかかっているとわたしは見る。



