反町監督がシリアを自分たちよりも格上の相手であると選手に説いたのは、わずか2週間前のことである。選手を発奮させる意味もあったであろうこの言葉には、しかし、間違いなくいくばくかの真実も込められていた。
それがどうだろう。シリアの選手にあきらめが見られたのは事実にせよ、敵地に乗り込んだ2週間前の挑戦者は、風格さえうかがわせる戦いぶりを見せた。後半は明らかに失速してしまったものの、9カ月前、中国相手に四苦八苦の試合しかできなかったことを思えば、考えられないほどの成長ぶりである。近年の五輪代表で、かくも短期間に大きな変化を遂げたチームはなかった。
わたしが何より気に入ったのは、不安定極まりなかった最終ラインからのビルドアップに、ようやく形が見えてきたことである。梶山、青山敏が精力的に顔を出し、ほぼ100%に近い割合でボールを散らしたことは、大いに評価できる。
崩し方についても形が見えてきた。大きなサイドチェンジからのサイドアタック。もしくは切れ込んでのシュート。鮮やかだった水野の先制点は、チームとしての狙いが結果となって表れたものだった。
ただ、強豪ひしめく最終予選のことを考えると上乗せしなければならない部分が多々見えるのも事実である。サイドアタックからチャンスが作れるようになったのは評価できるが、逆に言えば、いまの日本にはサイドアタック以外の可能性が感じられない。特に1対1での仕掛けを極端に避ける悪癖は、この年代のチームにもくっきりと表れてしまっていた。対戦相手の監督が策士であれば、間違いなく両サイドにはフタをしてくることだろう。そうなった際、中央からの強引な単独突破をチラつかせない限り、手詰まりになってしまう可能性は高い。
それにしても、あらためて痛感させられるのは選手気質の変化である。よくも悪くもすべてに全力投球だったかつての日本代表とは違い、いまの選手たちは相手の実力によって戦い方がガラリと変わる。温暖化の影響なのか、日本のサッカーもずいぶんとイタリア的、ラテン的になってきたらしい。
ただ、ラテンのサッカーには必要不可欠な強烈な自己顕示欲が、いまの選手からは感じられない。強烈なリーダーシップを感じさせられる選手の出現と併せて、最終予選へ向けての大きな課題となる。



