収穫と課題がはっきりと見えた試合だった。
収穫のもっともわかりやすい例は前半7分の先制点だろう。平山が起点となり、ダイレクト・パスが2本編み込まれて生まれた李のボレーは、世界のどこに出しても恥ずかしくない美しいゴールだった。反町監督はこの試合のテーマに「熟成」をあげていたとのことだが、互いの理解度が深まっていなければ生まれるはずのない得点でもあった。
中でも嬉(うれ)しかったのは、一連の流れに細貝が入っていたことである。急遽(きょ)先発する形となった彼が、かくも自然な形で得点に絡めたということは、チームとしての意図がレギュラーのみならず、控えを含めたチーム全体に浸透してきていることを意味する。最終予選を考えれば、こんなに心強いことはない。
再三見られた「一人がつっかけ、落としたところに2列目からの選手が飛び込む」というパターンは、一昨年の高校選手権で「セクシー・フットボール」と称賛された野洲高が多用したプレーでもある。3年間をかけて熟成させた1チームのプレーを、レベルの高い選手が揃(そろ)っているとはいえ、代表という名の混合チームで見られるようになるとは思わなかった。
家長は自分の居場所を見つけ、ボランチたちもやるべき仕事を理解しつつある。予選開始当初に比べ、ミスの出るエリアが1ブロック相手陣よりになったのも、大きな収穫である。時間のない中で、間違いなく自分たちのサッカーと呼べるものが生まれつつある。
ただ、手つかずの課題も残っている。
実力的には接近していたとはいえ、それでも、2次予選で戦った相手は日本よりもやや力が下だった。特に、攻撃力で日本を凌駕(りょうが)するチームはいなかった。従って、日本選手の意識は「いかにして相手を崩すか」という点に重きがおかれ、結果として「守から攻」が洗練されていった。
だが、その代償として疎(おろそ)かになってしまったのが、「攻から守」の意識である。この試合でも敵陣深くまで攻め込みながら、一気にカウンターを食らう場面が見られた。飛躍的に高まった守備陣の「攻め」に対する意識に比べると、攻撃陣の「守り」に対する意識はまだまだ低い。
この点をいかにして改善していくか。答は一つしかない。経験を積むこと。日本サッカー協会が若い日本代表のためにどれだけ経験の場を用意するか。最終予選の帰趨(きすう)はその一点にかかっている。



