オシム監督は満足げだったようだが、それは前半の出来があまりにも悪かったため、比較的マシだった後半の内容が素晴らしく見えてしまったからではないか。いくら相手が実力国コロンビアだったとはいえ、わたしには到底満足することなどできない試合だった。
ただ、興味深い試みが見られたのも事実である。
昨年のW杯でオーストラリアを率いて日本と戦った現ロシア代表のヒディンク監督は、カイザースラウテルンでのキックオフ前、日本のメンバー表を見て狂喜したという。
「オーストラリアのようなタイプの相手に2ストライカーでぶつかってきてくれたら思うつぼだからね」
彼が警戒していたのは、俊敏な1トップを中心に、左右のスペースを使われることだった。だが、ジーコ監督がとったのはオーソドックスな2トップ。結果はご存じの通りである。
子供の頃からゾーンでの守りに慣れたコロンビアのような相手からすると、1トップは決して怖いスタイルではなかったはず。しかも、このやり方に慣れていない日本の選手たちは、いたずらに高原を孤立させてしまい、彼の奮闘をチャンスにつなげることがほとんどできなかった。大きな自己犠牲が成果に結びつかなかったという点では、なるほど「カミカゼ」的ではあった。
しかし、羽生が入ってからの日本の攻撃が俄然( が ぜん)勢いを増したことからも分かるように、絡む選手が増えてくれば1トップ・システムも効果的になってくる。そして、マンツーマンの意識が強い相手との試合になれば、流動的なフォーメーションは間違いなく守備陣に混乱を生じさせる。
何より忘れてはならないのは、日本代表が機動性を活(い)かしてくるのを嫌がる監督がいた、もしくはいるはずだということである。
柔道のように日本が世界から追われる立場だというのであれば、自分たちのスタイルを貫くのもいい。だが、日本のサッカーは世界を追う立場である。ならば、自分たちのサッカーを目指すのと同時に、相手が嫌がるサッカーも志向していかなければならない。1トップ・システムには、まだ日本人が気づいていない、相手を嫌がらせる何かが秘められている。
一度成功しなかったからといって、1トップというスタイルを諦(あきら)めてはいけない。オーストラリア、韓国、そして中国。アジアには、マンツーマンを守備の基本とする国がいくつもあるのだから。



