西洋医学タイプか。それとも東洋医学タイプか。医学に対して半可通であるのを承知で言わせてもらうならば、サッカーの監督には2つのタイプがあ る。西洋医学タイプの監督としてまず思い浮かぶのは、昨年のW杯でオーストラリアを率いていたヒディンク監督である。大会終了後、直接話を聞く機会があっ たのだが、彼が徹底して日本の長所を消す策をとっていたことがあらためてわかった。つまり、患部を切除するなり抗生物質で叩くなりする西洋医学である。
一方、4位に終わったアジアカップでの日本が腐心していたのは、相手の武器を消すことではなく、自分たちの長所を出すことだった。ヒディンク監督があくまでも勝つことを目指す監督だとしたら、オシム監督の場合は「いいサッカーをすること」も重要な目的になっている。
東西の医学に優劣がつけがたいように、どちらのタイプの監督が正しく、どちらかが間違っているということはない。ただ、3年後のW杯に日本人は何を期待するのか、ということははっきりさせておく必要がある。
いいチームをつくるには時間がかかる。逆に言えば、ヒディンク監督はいいチームをつくろうという発想ではなく、純粋に勝敗にこだわったからこそ、 韓国でもオーストラリアでも短期間で結果を出すことができた。彼が去ったあと、どちらの国もかなりの「副作用」に見舞われているが、それに見合うだけの成 果は残されている。
即効性はあっても副作用のある西洋医学と、副作用はなくとも即効性に欠ける東洋医学――。
次のW杯の目標が「内容で世界を魅了する」ということなのであれば、オシム監督で問題はない。ベトナムでの戦いから、彼が心理マネジメントに長 (た)けた監督であることもよくわかった。初戦でピリッとしなかった日本が立ち直ったのには、間違いなく彼の「激怒」が関係している。あの怒りによって、 日本は勝つために必要な危機感を手に入れた。
だが、勝利にこだわるというのであれば、ベトナムでのオシム監督は失格である。決勝トーナメントの3試合で、相手を驚かせ、混乱させるような選手交代は皆無だった。
果たして、彼はポケットにジョーカーを持つ男なのか。なんにせよ、日本サッカー協会は、ありとあらゆる手段を使ってそのことを探り、結論を発表する必要がある。それをせずしての続投発表は、単なる無策というしかない。


