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COLUMN


『体育にまつわるエトセトラ』

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 監督が動いて負けた。なのでズルズル行くな、と思った。昨日の阪神は監督が動いて勝った。しかもマー君に勝った。逆転で勝った。球児のストレートが悪い時の久保田みたいになっちゃってるのは気になるものの、ま、これで上昇気流に乗ってくれるでしょ。1カ月ちょっとあれば、貯金生活に突入かな。

 さて、阪神のことはさておき、長いことこの商売をやっていると、時々ガツンと来る言葉に出くわすことがあります。たとえばですね──。

「ワールドカップは戦争なんだから、もっと闘志を見せてほしかった」
「カネコ、お前は戦争を体験したことがあるのか?」

 いまから10年前、名古屋テレビの仕事でストイコビッチのドキュメンタリーを作っていたときの話です。ベオグラードにあるピクシーの自宅に招待してもらい、現地のお正月料理、パリパリに皮の焼けた子豚の丸焼きを肴に美味しいご当地ワインをご馳走になっていた時のことでした。「フランス・ワールドカップに出場した日本代表をどう思うか」というピクシーの問いに答えると、穏やかだった彼の表情が一変したのです。

 ベオグラードの街のあちこちには、まだNATOによる空爆の傷跡が生々しく残っていました。戦争という言葉を軽々しくたとえ話なんかに使っちゃいけないんだ、と痛感させられた瞬間です。

 去年の年末にもガツンとの出会いあり。

「それこそボロクソ書かれましたからね。戦犯、とか。日本ぐらいでしょ。スポーツの勝ち負けにそんな言葉使うの」

 言葉の主は清原和博。思わず、身体が硬直してしまいました。だって、よく使ってたから、自分も。

 戦犯。戦争犯罪人。犯罪ですぜ、犯罪。言われてみれば、欧米のメディアでも、出来の悪かった選手を酷評することはあっても、犯罪人扱いすることはない。その選手のせいで負けることがあったにしても、人格まで否定されることはない。

 なぜ日本のスポーツ界では、こんな言葉がごく普通に使われてしまうのか。

 スポーツ=体育だからじゃないか。富国強兵政策の一環として導入されたルーツが、21世紀になっても、こうやって偉そうな物言いをしているカネコタツヒトも含めて、日本人のスポーツに対する考え方を縛ってしまっているからではないか。

 思い出すのは98年フランス・ワールドカップの時の出来事です。1点も取れなかった城彰二が袋叩きにあいました。成田では水をかけられ、Jリーグが始まってからも、行く先々でブーイング。実をいえば、あのころのカネコタツヒトは、エースのジョーに同情しつつも、「日本もヨーロッパらしくなってきたなあ」などと感心したりもしていました。

 でも、いまになって振り返ってみると、ひっかかるところが出てきます。なぜ城はあれほどまでに叩かれたのか。点が取れなかったから? じゃあ他の選手も叩かれなきゃおかしい。なにせ、あの大会で日本があげたゴールは、たった1点だったんですから。

 態度が悪く見えたから。ガムを噛んでいたから。それが、城に対するバッシングを加速させたという面はなかったか。

 あったような気がします。

 バルセロナに留学した際、カネコタツヒトがまず驚いたこと。授業中、ガムを噛んでる生徒がいる。スターバックスのコーヒーを持ち込んで、ゴクゴク飲んでる生徒がいる。あろうことか、リンゴをかじる生徒までいる。でもって、教師がなにも言わずにニコニコしている。隣と雑談していると、「出て行きなさい」と激怒する教師でさえ、です。

 まして、スポーツとは本来娯楽として始まったものの。「態度」というのは、はっきりいってしまえばどうでもいいもののはず。結果は出せばよし。ダメならば叩かれる。人間性やたち振る舞いは関係ないもののはず。無論、人柄や態度がいいに越したことはないものの、それはあくまでもスポーツの副産物であって、絶対条件じゃないはず。

 でも、軍隊は違う。高校時代に号泣させられた映画『愛と青春の旅立ち』では主人公が士官学校で地獄の訓練を課せられる場面がありますが、訓練の最中、笑顔を見せたりすることはアメリカであっても許されない。命令には絶対に服従。口にしていいのは「イエス、サー」もしくは「ノー、サー」のみ。

 日本と欧米では、学校における生徒と教師の関係が違う。スポーツに対する考え方も違う。

 だからエースのジョーは叩かれたんじゃないか。そんな気がするのです。

 体育に関する私的考察(笑)、まだ続きます。

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タイミングよくですが以下の番組が再放送にてありました。
引き裂かれたイレブン ~旧ユーゴのサッカー選手たち~ (再)
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090609.html
ピクシーの言わんとしてることと違うかもしれませんがフットボールというスポーツを通しての戦争が招く事態の深刻さを映し出していました。
オシムが代表監督を辞退するあたりの苦悩はとても推し量れるものではありませんでした。
ボバンのクロアチアに対する思いなどを聞いていくと代表であり国というものの重さを感じてしまいます。

もし機会があれば見ていただきたいものです。
ユーゴの内戦をこういった視点で捉えているのはドキュメンタリーとしても秀逸だと思いますので。

確かに戦争や戦にたとえられますね
監督とかが「敗軍の将、兵を語らず」なんて
「勝って兜の緒をしめよ」とか
文化なんでしょうね。

でもA級戦犯とかいう言葉は使いますが本当にその言葉の意味までをこめて使ってないのであればいいのではないのでしょうか。
その時代のA級戦犯の意味と現代我々が日常で使ってる重みはちがうのだからと思うのですが。他の言葉が見つかれば変更した方が良さそうですが。
ちなみにベッカムがW杯のアルゼンチン戦でレッド退場になった時のイギリスの論調はどうだったのでしょうか?

ぼくはいまドイツで医療従事しているのですが文化はとてつもなく違って鼻にピアスが開いてる医師や背中からtatooがちらりとみえる看護師、ガムを食べながら仕事する職員。これらをひっくるめても礼儀を重んじる日本人を誇りに思っています。落書きだらけの壁を見てもしかりです。

僕は礼儀から始まった日本の体育の方が日本人の気質にはあってるように思います。話が長々とまとまりなくすいません。

金子さん、どうもです。

ようやく、真弓監督が動いてくれました。ブラゼル加入や岩田の復帰なども合わさって、これから巻き返しを期待しております。
桧山さんがやってくれましたが、さすが「神様」です。マー君は「神の子」。「神」対決でしたが、神様ですからね。しょせん、神の子では勝てなかったと(笑)

戦争にまつわる言葉って、確かに日本スポーツ内にもちりばめられていますよね、今でも。野球ではアウトになる事を「死」と表現します。「盗塁死」やら「牽制死」とか。まして「死球」なんて言葉もありますが、よく考えると恐い表現ですな。戦犯という言葉も、そういうレベルと同じで使っていたのかもしれません。海外の様に、活躍した選手とそうでない選手を、ランク付けして評価する方法を、メディアは取り入れていいのかもしれませんね。

あと海外では、服装や容姿を厳しくチェックして統一性を図る事を結構していると思います。ヤンキースなどは「髭・挑発禁止」です。また他のチームも、チームカラー以外使用禁止とかもありますよね。
アルゼンチン代表も、以前「長髪禁止」を打ちだしました。クレスポがそれに反発して、代表辞退してW杯に出なかったなんて事もあったりして、日本よりも厳しい部分はあると思うのですがね。

メディアへの対応の仕方など、海外の選手の立派なコメントの内要を聞いてますと、まだ日本は「スポーツ」そのもの自体が遅れているのか?なんて感じます。
そこには「娯楽」という部分では無く、企業とかと同じく「社会性」そのものが、まだまだ低いのかな~と。

自分はですが、サッカーの日本代表で長髪とか金髪を見ると、海外の選手の短髪や黒髪でビシっと統一しているチームの方が、なんか格好良く見えてしまいます。


ぼくも『愛と青春の旅立ち』好きです。中学生のとき、担任の先生がクラスのみんなに見せてくれました。エッチなシーンのときにあわてて先生が早送りしたのを今でも覚えています。
金子さんも数々の批判を受けていると思いますが。面白くないって言われるのと、戦犯って言われるのはどっちがつらいのでしょうね。僕はどっちも言われたくないような人生を送りたいと思っています。

以前の私もよく使っていました。

例えば「あの選手が敗因のA級戦犯」、
のような。
A級→「最も出来が酷かった」、
くらいの感覚で使っていたんです。

ところが、勉強してみるとA級戦犯の意味はそんなことではなかったんです。
A級→「戦争を遂行した指導者など」
になります。

それ以降、このような言い方は慎むようになりました。

あの時城選手に水をかけたサポーターの本当の気持ちは分かりません。ただ、私自身は「城選手への期待の裏返し」であったと思いたいです。

岡田監督は直前で、それまでの日本のエースであったカズ選手を外して、城選手を選びました。この決断、私は賛成でした。
ただ、一部のサポーターはカズ選手以上の期待をしたが故、無得点に終わった城選手に過剰な反応をしてしまったのではないかと思います。

私は戦争を経験したことはありません。
ただ、ちょっと前に戦争がこの日本本土で行われたのは事実です。その事実だけは忘れず、言葉も選んで使わなければいけないと思います。

すいません。
後半、ちょっと話がずれてしまいました。

「日本と他国」について私もコメントさせて頂きます。
やはり私も'しがない学生'さんと同意見になるのかな。私も日本の国民性が問題ではないかと考えます。
「赤信号、みんなで渡れば恐くない」のように「野次馬根性」とも言うべき性質が日本人は他国よりも強いのかなと思います。
アイデンティティの欠落というか「自分なんかは・・・」的な日本人特有?の「ことなかれ主義」の性質(ハッキリ言って私もその一人・・・)が社会に蔓延っている気がします。
スポーツに関しても、悲しいかな日本という国は「スポーツ≠文化」だなと感じさせられる事象が私の周りで多々見受けられます。
エースのジョーは高校生だった頃の私のヒーローでした。ジョホールバルのゴールを見たであろうみなさんが、何故あれほどまでにバッシングをしまくったのか私は不思議でありません。
ただ、空港でジョーに水を浴びせたあの人は、ホントにジョーのことを期待してたんだろうなと思いますよ。
だって、(日本人って)赤信号は一人じゃ渡れませんから(笑)。

いつもの軽い感じとはうってかわって(それも好きですが)、非常に意義深い内容のコラムなので吃驚しました。スポーツに深く関わっている人の口からこのようなことが語られること自体、非常に新鮮ですが、ましてや、あの軽快な感じの金子さんがこのようなことを考えておられたとは!前のコラムもこの伏線だったのですね。

運動部に所属している学生が、集団で暴行事件をおこすことが、昔からよくありますが、それは、金子さんが本コラムで指摘する、日本人特有のの体育観・体育気質と無関係ではないと思います。

もっと深く掘り下げて下さい。

続きが楽しみです。

はじめして。毎回楽しく拝見してます。

早速ですけど、私は金子さんとは少々見解が異なります。
メディアで軽がるしく戦争・戦犯という言葉が使われ、特定の選手が異様に叩かれる日本の現状。
わたしはこれはむしろ日本人の国民性によるところが所が大きいと思います。
ヨーロッパでも態度が悪いために特定の選手が激しくブーイングされることはあります。例えば、C・ロナウドはプレミアでどこのスタジアムに行ってもブーイングされます。あとはディウフなんかも。あれは恐らく人を小馬鹿にしたようなプレーや不真面目な態度のせいでしょう。
よってスポーツへのメンタリティーの違いと、態度が悪いことから生じるブーイングとの因果関係はあまりないんじゃないか、と思います。
むしろ城への異様なブーイングは、メディアがもしくは他人が批判していたら、その流れに付和雷同する日本人の国民性から生じた気がします。(自分の頭で考えず)
そして、教育課程でも顕著に見られる日本特有のいじめ気質。日本人は特定の者を徹底的に陰湿にバッシングするに対する抵抗感がヨーロッパに比べて希薄なのでは。これらの要因が重層的に重なって日本独特のメディア環境が形成されている気がします。

僭越ながら意見を述べさせて頂きました。

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