10年前、中田英寿の存在を知っているスペイン人は皆無に等しかった。地中海を隔てたイタリアでは知らない者のいない存在になっていた日本人選手を、ほとんどのスペイン人は知らなかった。極秘に獲得に動いたレアル・ソシエダードが結局は断念せざるをえなかったのも「知名度とコストがマッチしない」というのが理由の一つとしてあったと、後にクラブ側から聞かされた。
それだけに、中村俊輔を迎えたエスパニョールの反応には驚かされる。
ご近所にFCバルセロナという巨大なライバルがいるためか、このクラブのファンは過激なことでも知られ、ネオナチとの関係が取り沙汰(ざ た)されることもある。かつてこのクラブに所属した西沢に対するファン、メディアの反応も、決して温かいものではなかった。
それがどうだろう。中村に対するファン、メディアの反応は「温かい」などという次元をはるかに通り越した激アツ・モードである。空港の到着にファンが殺到した?お披露目の会場に数千人が集結?エスパニョール・ファンの気質や過去を考えると、これは日本で報道されている以上の事件である。
実を言えば、中村の新天地での生活は相当に厳しいものになるのでは、というのが個人的な予想だった。新しい選手、外国からきた選手に懐疑の目が向けられるのは欧州の常とはいえ、あのジダンでさえレアル・マドリード入団当初は「アイツのせいで負けた」と袋叩きにあった国、それがスペインだからだ。
想像以上にエスパニョール側の反応が好意的だった最大の理由は、中村が欧州CLで戦ってきたということだろう。W杯は規模が拡大し、そこでプレーする選手はもはや珍しい存在ではなくなった。CLは違う。いまやかつてのW杯以上に、選手にとっては憧(あこが)れの大会となった。中村はそこでプレーし、かつ、エスパニョールにとって不倶戴天(ふぐたいてん)の敵でもあるバルセロナとも戦った。城や西沢が戦わなければならなかった蔑視(べっ し )の視線を、彼は入団前にクリアしていたのだ。
入団の挨拶(あいさつ)で、スペイン語ではなくカタルーニャ語の「こんにちは」を口にしたのもうまい。かつてヨハン・クライフがバルセロニスタの心をつかんだのも、彼がカタラン語をマスターしようとしたからだった。サッカーとは無関係な、しかし重要なポイントを外さなかったことで、新天地での成功の可能性は大きく広がったといえる。



