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【スポーツニッポン】肉体酷使のアマ守る「大人」がいない(2009年8月28日)

 あるプロ野球評論家の方がポツリと一言。

 「負けろ、負けてくれって思ってるでしょうね。スカウトの人たちは」

 花巻東、菊池雄星投手のことである。甲子園で勝ち進んでいけば連投になる。連投になれば故障の可能性が出てくる。プロにとっても期待の大器。できることならば、無事に高校野球を終えてほしい......ということらしい。

 プロとアマチュア。どちらの肉体がより完成されているか。どちらの肉体が酷使に耐えうるか。答えは決まっている。

 では、日本人の肉体は、欧米人に比べると格段にタフなのか。欧米人であればとても乗り切れないような試練を、いとも簡単に乗り切ってしまう運動能力があるのか。これも、答えは決まっている。

 ならば、なぜなのか。

 多くの日本人は、この春、WBCに沸いた。投手の肩を守るため、プロの、メジャーの投手の肩を守るための投球制限があることも知った。

 あの知識はどこに消えたのだろう。

 高校生の肩は、プロよりも、メジャーの投手よりもタフなのか。なぜメジャーの投手に禁じられていることが、日本の高校生には許されてしまうのか。
 たとえ選手生命が断たれるようなことがあっても、明日の試合には出たい。そう考える選手を誰が止められようか。WBCではルールが止めた。日本の高校野球では、監督にすべての責を任せてしまっている。

 大局的な立場に立って配慮をし、責任をとる「大人」が、この国には不在なのだ。

 高校野球に限った話ではない。

 いま、日本各地では天皇杯の県予選が行われている。この大会に消極的なJのチームが少なくない一方で、Jとの対決を夢見るフットボーラーが全国大会を目指して戦っている。

 だが、その多くは、土日連戦である。

 WBCが選手保護のためのルールを決めたのと同様に、FIFAもまた、試合と試合の間には一定の間隔を設けなければならないことを定めている。にもかかわらず、日本最古の大会の予選は、FIFAの規定を完全に無視した形で行われている。

 走り回る選挙カーは、「弱者に優しい政治」を訴えている。しかし、日本を代表するスポーツの現状からみると、弱者への気配りが希薄なのは政治家だけでなく、日本人の国民性なのでは、と考えたくもなる。



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