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 あるプロ野球評論家の方がポツリと一言。

 「負けろ、負けてくれって思ってるでしょうね。スカウトの人たちは」

 花巻東、菊池雄星投手のことである。甲子園で勝ち進んでいけば連投になる。連投になれば故障の可能性が出てくる。プロにとっても期待の大器。できることならば、無事に高校野球を終えてほしい......ということらしい。


 本田圭佑がまた決めた。それも、今度は年間ベストゴールにノミネートされてもおかしくないようなスーパーゴールである。パスの出し手との相性に左右されがちなストライカーのゴールと違い、MFの、特に最近の本田のゴールは自力によるものが多い。決して強くはないフェンロで発揮されている得点力は、強いチームでならばより強力になると考えるスカウトは多いはずで、移籍話はいよいよ本格化してきそうである。

 それにしても、移籍市場の傾向もずいぶん変わったものである。


 ゴールとは才能の賜物(たまもの)である――わたし自身、長くそう信じてきた。コーチの方々と話をしていても「守り方、崩し方は教えられても、点の取り方だけは教えられない」という言葉をよく聞く。釜本邦茂は不世出のストライカーだった。ゆえに彼はゴールを量産することができた。日本代表が得点力不足に悩まされるのは、神が釜本に次ぐ才能をこの国に与えてくれないからに他ならない――。

 だとしたら、本田圭佑のケースはどう説明したらいいのだろうか。


 強いチームならば世界中にいくつもある。だが、自分たちが育てた選手を中心に強くなったチームとなると、そうそう見つかるわけがない。日本サッカー協会の犬飼会長に限らず、育成を考える人間であればFCバルセロナに注目するのは当然のことである。

 だが、バルセロナに注目するのであれば、なぜこのチームの下部組織からあがってきた選手の数が突出しているか、まで考えなければならない。育成システムが優れているから?無論、外れではないが、完全な当たりでもない。バルセロナで育ち、しかし他のチームでキャリアを終える選手は数多(あまた)いる。彼らは、バルセロナの育成システムのなんたるかを熟知している。

 では、そうした人間が、バルセロナの成功を他で再現できただろうか。

 答えは否、である。


 サッカー先進国とは言えない国の代表チームにとって、国外の一流クラブでプレーする選手ほど心強い存在はない。86年のメキシコ代表にとっては、ウーゴ・サンチェスがまさしくそういった存在だった。

 中米の巨人と言われながらも、W杯になると結果が出せないでいた当時のメキシコは、主力のほとんどが国内リーグでプレーしていた。若くしてスペインに渡り、レアル・マドリードで得点王として君臨するようになったサンチェスは、メキシコにとって欠かせない大黒柱であり、希望の星でもあった。


 これは国民性なのだろうか。それとも日本人特有のサッカー観なのだろうか。

 たとえばGK。いまのところ、日本代表の守護神は楢崎が務めている。もし彼がケガをしたら?おそらくは川口の名前があがってくるだろう。なぜか。2人にはW杯の経験がある。そして、多くの日本人は、W杯のような大きな舞台のゴールマウスを、経験のない若手に任せることに不安を覚える。

 たとえばMF。中村俊輔抜きの中盤は考えにくい。個人的には遠藤の貢献度も少しも負けていないと思うのだが、それでも、まず中村の名前が頭に浮かぶ人は多いだろう。これも、彼がW杯ドイツ大会でプレーしているからなのかもしれない。


 10年前、中田英寿の存在を知っているスペイン人は皆無に等しかった。地中海を隔てたイタリアでは知らない者のいない存在になっていた日本人選手を、ほとんどのスペイン人は知らなかった。極秘に獲得に動いたレアル・ソシエダードが結局は断念せざるをえなかったのも「知名度とコストがマッチしない」というのが理由の一つとしてあったと、後にクラブ側から聞かされた。

 それだけに、中村俊輔を迎えたエスパニョールの反応には驚かされる。


 日本サッカー協会が審判の技術向上を指導するトップレフェリーインストラクターを英国から迎えた。リーグのレベルをあげていくうえで、レフェリーの技術向上も求められるのはいうまでもない。地味な部分からも目を逸(そ)らさなかった協会の判断を評価したい。

 ただ、興味深かったのはインストラクターとして迎えられたウィルキー氏のコメントである。

 「彼ら(外国人選手)は単なる選手で、特別な存在ではない」


 欧州サッカーの世界において「世界最高峰」の称号は、リーグ自体のレベルによって与えられるものだった。まずはフットボール発祥の地に生まれたリーグがその称号を欲しいままとして、やがてブンデスリーガ、セリエAが続き、リーガ・エスパニョーラ、そして最近では再び母国のリーグがそう呼ばれるようになっている。

 いうまでもなく、リーグとは複数のチームによって成り立つものである。ゆえに、欧州王者を輩出しようとも、60年代のリーガ・エスパニョーラ、70年代のエール・ディビジが「世界最高峰」と呼ばれることはなかった。国内に追随するライバルがあって、初めてリーグのレベルは評価されるものだった。


 来年のW杯開催国、南アフリカの治安問題がずいぶんと取り上げられるようになった。これは日本人のみならず、世界中のファンが注視している問題でもある。

 とはいえ、中には首を傾(かし)げたくなるような報道もある。コンフェデ杯に出場している選手のホテルが窃盗の被害に見舞われた。よって南アフリカは治安が悪い、と結論づけるものである。


 代表チームとは、その名の通り、その国を代表する選手の集合体である。普段は別々のチームでプレーしている才能が一つ場所に集い、小さなギャップ、ズレを埋めていく。そのための助力をするのが代表監督でもある。従って、代表チームが強くなるための唯一無二の方法は、各チームで個々の能力を磨いていくこと、になる。

 もちろん、国によっては代表チームの強化にクラブ方式を取り入れ、集合体としてのポテンシャルをあげていく、という方法を取るところもないわけではない。だが、国内リーグが充実し、有能な選手が海外でもプレーするようになったいまの日本では、それも無理な話である。では、南アフリカで結果を残すために、選手はどうすればいいのか。まったく異なる2つの答えが、ここにきて提示された。


 W杯出場を決めたウズベキスタン戦の視聴率が、過去の本大会出場決定試合に比べるとずいぶんと低かったらしい。その数字を取り上げて、サッカー人気の低迷に結びつける報道もあった。

 だが、わたしは低かった視聴率を、喜ばしい現象だと感じている。多くの日本人にとって、もはやW杯は「出場することに意義がある」大会ではなく、本気で勝利を狙っていく大会に変わりつつある。それゆえの低視聴率だと思うからだ。


 まずは、南アフリカ行きのチケットを獲得した選手、スタッフ、関係者を祝福したい。予選期間中は、戦った者にしかわからない重圧や苦労があったことだろう。すべてを忘れて喜びに浸ってもらいたい。

 98年の初出場以来、日本代表はこれで4大会連続4度目のW杯本大会出場となる。フランスでは、出ることだけが目標だった。日本では、決勝トーナメント進出という至上命題が課されていた。3年前のドイツ大会では、前回大会以上という目標を掲げつつも、選手の間にはかなりの個人差があった。

 今回は、どうか。


 96年、イングランドで開催された欧州選手権を観戦に行った際、ヒマを見てウインブルドンに足を運んだことがある。わたしにとって、人生初めてのインタビュー取材対象者でもあった伊達公子が快進撃を続けていたこともあって、いてもたってもいられなかったのだ。

 そして、そのたびにサッカーとテニスの置かれる社会的な立場の違いを痛感させられた。


 【欧州CL バルセロナ2―0マンチェスターU】熱狂的なバルセロニスタでさえ、信じていなかったことがある。

 守備の力。

 攻撃力ならば、世界中どこのチームにも負けない。たぶん、マンチェスター・ユナイテッドにも。だが、守備となるとどうか。

 だが、この日のバルサを欧州一に導いたのは、間違いなく守備の力だった。左サイドのシウビーニョはレギュラーの選手ではない。にもかかわらず、ルーニーは、C・ロナウドは、何も仕事をさせてもらえなかった。


 年間試合数が100を優に越えるプロ野球でさえ、これだけ負ければ事件である。34試合しかないJリーグでの9連敗。大分のファンは、胃に穴があくどころか内臓すべてを吹っ飛ばされたような気分になっているだろうし、選手やフロントにいたっては、息をするのも辛(つら)い状況かもしれない。まして、彼らは昨年のナビスコ杯王者である。たった1年でこれほど鮮やかな天国と地獄のコントラストを描くチームも珍しい。

 それにしても、一体何が大分に起こっているのか。名古屋に逆転負けを喫したとはいえ、開幕戦の内容は悪くなかった。きっちりとした守りと抜け目のない得点力は健在で、今年もジャイアント・キラーとして存在感を発揮していくものと思われた。


 隆盛を極めたセリエAが、苦境の時代に陥りつつある。

 欧州CLでの上位進出こそ逃したとはいえ、これでイタリアのサッカーが地盤沈下した、と決めつけるのは早計だろう。その競争力は依然として高いレベルにあり、ポテンシャルとしては相変わらず欧州3強の位置を堅持していると言っていい。

 問題は、観客動員である。


 74年W杯は、サッカー界における歴史的なターニングポイントだった。リヌス・ミケルスが造り、ヨハン・クライフが率いたチームは、武将たちの一騎討ちが主流だったそれまでのサッカーを、集団歩兵戦へと劇的に変化させた。2次リーグでオランダに粉砕されたブラジルは、以後、自分たちのスタイルを貫くべきか、欧州スタイルを取り入れるべきかという長い試行錯誤へと突入していく。

 09年は、21世紀に入って最初のターニングポイントとなるのかもしれない。


 2部から昇格してきたチームにとって、トップリーグでの戦いは簡単なものではない。経験が違う。タレントが違う。財力が違う。昇格の歓喜を味わった1年後には、また元のリーグに逆戻り、という例は少しも珍しいものではない。実際、欧州の主要リーグを見ても、1部リーグに所属するチームの大半は、1部に居続けているチームである。

 それだけに、今季J2から昇格してきた2チームの健闘は光る。

 目を見晴らされるのは広島の戦いぶりだ。昨季、記録的なゴール数を記録したとはいえ、それはあくまでもJ2のこと。J1で通用するかという点に関しては、選手の中にも不安はあったはずだ。


 サッカーは国民性の表れるスポーツだとは、よく言われることである。ブラジルならば享楽的、ドイツであれば質実剛健、フランスは艶(あで)やかなシャンパン・フットボール――。だからこそ、日本も自分たちのスタイルを確立しなければならないというのが、この国でサッカーにかかわる人間の悲願だった時代がある。

 確かに、Jリーグ発足当時を振り返ってみると、10チームすべてがそれぞれに違った方向を向いていたような気がする。ヴェルディは徹底したブラジル志向だった。マリノスはアルゼンチン、サンフレッチェはオフト・イズムの流れを汲(く)む欧州スタイルだった。決してレベルが高いとは言えなかったにもかかわらず、娯楽として爆発的な人気を勝ち得たのはそれゆえでもあったのではないかと思う。



 

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