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 日本人でなかったら、オランダ人でなかったら、後半の途中で席を立ちたくなるような試合だった。両チームともに見るべきものはほとんどなし。サッカーに対する見方が成熟した国であれば、盛大なブーイングが見舞われていたに違いない。

 ただ、これは両チームの責任ではない。およそ国際大会の基準に達しているとは思えない、荒れたグラウンドが凡戦を生んだ最大の要因である。

 パスを受けるたびに足元に神経を尖(とが)らせなければいけない状況では、流れるようなサッカーなどできるはずがない。両チームの選手は、頭の中身、つまりは判断の速さを競う競技ではなく、頭の外側――ヘディング――をフルに使うサッカーを余儀なくされてしまった。


 この負けは、責められない。

 仮にわたしが、生まれて初めてサッカーを観戦する天津在住の少年だったとする。少しばかり、反日的な考えに染まっていたとする。

 またサッカーを見てみたい、と思うだろう。生まれて初めて、日本という国にシンパシーを覚えたことだろう。

 いい試合だった。


 もしわたしが天津に住む、生まれて初めてサッカーを見る少年だったとしたら。

 サッカーなんて、2度と見ないと誓うことだろう。

 日本はお粗末だった。アメリカはもっとお粗末だった。アフリカからやってきた審判もお粗末だった。そしてなによりお粗末だったのは、芝生の状態だった。他の会場はいざ知らず、五輪のために作られたはずの天津のグラウンドは、JFLの中でもっともひどいグラウンドさえ絨毯(じゅうたん)に思えてしまうほど、お粗末だった。

 まして、30度を超す高温と、うだるような湿気である。これでは、まともなサッカーなどできるはずがない。おそらく、両軍の選手たちは、生まれて初めて沼の中でサッカーをする気分を味わったことだろう。


 相手はグループの中でもっとも力の落ちる相手だった。求められていたのは勝ち点3。できることならば得失点差のアドバンテージも得ておきたい試合だった。従って、結果だけを見るならば"痛恨の引き分け"ということになる。

 だが、なんと感動的な引き分けだったことか。

 彼女たちは、もしかすると日本サッカー史上初めて、勝利のみを求められて世界大会の初戦に臨んだチームだった。立ち上がりは最悪。強烈な重圧が、ミスに対する恐れを凄(すさ)まじいレベルにまで押し上げてしまっていたのだろう。自分がボールを奪われた選手になってはいけないという思いが、消極的な、それもひどく質の悪いバックパスばかりを生み出すことになった。


 10年前と同じ0―1。しかし、その内容はまるで違うものだった。

 バティストゥータの1発に沈んだW杯フランス大会での敗戦は、はっきり言えばアルゼンチンの不出来に助けられたものだった。むろん、日本の選手は死に物狂いで頑張ってはいたのだが、あのときの彼らにあったのは"負けないための方策"のみであり、勝つためのアイデア、イメージは皆無だったといっていい。

 だが、国立で戦った五輪代表の選手たちは違った。彼らは、相手がアルゼンチンといえども得点を奪うつもりだった。


 F1ドイツGP取材のために、フランクフルトに立ち寄ってきた。その際、何人かの日本人に聞かれたことがある。

 「高原は大丈夫ですか?」

 アイントラハト・フランクフルト時代の活躍を知る人たちからすれば、浦和に戻ってからゴール数が伸びず、試合出場の機会さえ減ってきた高原の現状は、到底「大丈夫」とは思えないことだろう。ただ、基本的には「大丈夫」であるとわたしは考えている。


 案の定と言うべきか、世界中で五輪へのオーバーエージ枠(OA枠)による選手の派遣を拒否する動きが高まってきている。

 「五輪はFIFAの公式行事ではないため、参加させる義務はない」としてロナウジーニョの北京行きに待ったをかけたのはバルセロナだった。同様の理由で、ブレーメンとシャルケもジエゴ、ラフィーニャの招集を拒否する構えである。

 クラブ側の言い分も分かる。W杯や欧州選手権であれば、公式行事であるうえ、大会が行われるのはシーズンの終了後である。大枚をはたいて獲得した選手にケガをされたら、という心配はあるだろうが、大会での活躍は選手の値を上げることにもつながる。ゼニトのアルシャビンなどはその最たる例と言っていい。


 まずはW杯アジア最終予選の組み合わせについて。「ラッキー!」というのが率直な感想。サウジが振り分けられた組のことを思えば尚更(なおさら)。韓国、イラン、北朝鮮と、W杯出場経験のある国が自国を含めると4つもある。無条件で本大会への出場権が与えられる2位以内はもちろんのこと、プレーオフの権利が与えられる3位すら楽観できない状況だった。もっとも、予選で厳しい戦いを経験しておくことは、本大会での自信にもつながる。長い目で見れば、組み合わせに恵まれたことがよかったのかどうかはわからない。 

 続いて欧州選手権。先週のコラムではロシアがスペインを食うのでは......と予想したが、見事に大外れ。あの試合に関しては、セルヒオ・ラモスがロシアのサイドアタックに蓋(ふた)をしたのが大きかった。セナの働きも抜群。あれだけ攻め手を封じられてしまうと、いかに名監督が率いていてもどうしようもない。


 小倉隆史氏が本紙でも指摘していたように、欧州選手権の準々決勝、ロシア対オランダにおけるヒディンク監督の采配に、さしたる驚きはなかった。だが、わたしにとってはそれこそが最大の驚きだった。

 恥ずかしながら、わたしはヒディンク監督を"対処療法のエキスパート"と見ていた。相手の弱点を研究し尽くし、そこに自分たちのストロング・ポイントをぶつける。そんなタイプの監督である、と。


 たった1つのゴールが、それもお世辞にも美しいとはいえないゴールが、試合の印象を一変させた。それは見ている者にとって、だけではない。実際に戦った選手たちも、まったく違った印象、手応えをもって最終予選へ向かうことになる。

 とにもかくにもグループ1位を決めたことで、3次予選を通じての"収支決算"はギリギリのところでプラスになったといっていい。

 前回のコラムでも書いたが、今予選での最大の収穫は"セットプレー力"を手に入れたことだろう。これは、間違いなく岡田監督の功績である。最終予選でも、対戦相手は闘莉王、中沢の高さを徹底的に警戒してくる。日本としては、マークされるのを承知で2人を使うというマニュアルをベースに、2人をおとりにするというオプションも手に入れたことになる。


 川淵キャプテンが岡田監督を絶賛した、というニュースがあった。「ああ、やっぱり」というのが率直な感想である。

 ジーコ、オシムと続いた外国人監督の時代、川淵キャプテンは基本的に"監督の擁護者"であり続けてきた。ファンの間から不信感が噴き出そうとも、彼の口から監督に対する注文なり不満が出ることはまずなかったと言っていい。

 ところが、日本人監督相手となると、彼は打って変わって厳しい一面をのぞかせた。「ファンの不満をキャプテンが抑える」というのが以前の監督人事に関する空気だったとしたら、「キャプテンの不満をメディアが察知し伝える」というのが最近の風潮だった。反町監督、岡田監督はいずれも「解任危機」の報道にさらされたが、その根拠となっていたのは、どちらも協会内の気配だった。戦に向けて、キャプテンの中ではスイッチが入ったということなのだろう。


 W杯ドイツ大会当時、そしてオシム監督時代と比較した場合、いまの日本代表には一つ、明確なアドバンテージがある。"セットプレー力"である。

 内容を追求することこそが勝利への近道だと考えるタイプの監督は、セットプレーを軽視しがちか、極端な例になるとまったくの選手任せ、ということにもなる。そうなると、CKからの得点はあまり期待できず、能力の高い選手がFKを直接放り込むぐらいしかセットプレーからの得点機会はなくなってしまう。

 岡田監督が内容に無頓着な監督、というわけではない。しかし、ここ数年の代表監督に比べれば、彼は相当なリアリストである。流れの中からの得点もセットプレーからの得点も1点は1点。おそらく、非公開練習の際には相当セットプレーに磨きをかけているのだろう。


 そもそも、サッカーはウインタースポーツである。気温が30度を優に超え、お湯の壁にぶちあたった気分にさせられるような湿度の中、質の高いサッカーを期待する方が間違っている。W杯史上最低の大会と言われ、かつW杯史上もっとも番狂わせの多かった94年の米国大会も、暑く、蒸し暑い中での大会だった。

 だから、オマーン戦での日本の戦いぶりに注文をつけようとは思わない。まして、選手たちはテレビ中継の関係からか、暑さに慣れたオマーンの選手でさえ経験のない時間帯でのキックオフを余儀なくされた。本来であれば暴挙というしかない大久保の退場劇も、いささか気の毒だったと同情したくもなる。あの環境の中では、通常の思考状態であれという方が無理な話だからだ。

 わたしが一番がっかりしたのは、従って日本の試合内容についてではない。オマーンのやり方、だった。


 中田英寿とトルシエが肩を抱き合いながら談笑している。不思議な気持ちで眺めていると、まるで計ったかのように、やはりトルシエと衝突を繰り返した川口能活から電話がかかってきた。すぐそばにトルシエがいると伝えると、彼は笑いながら言った。

 「いろいろあったけど、いまとなっては感謝してるところもあるんだ」

 笑顔でトルシエと語り合う中田。トルシエへの感謝を口にする川口。いずれも、6年前では考えられなかったことである。積み重ねつつ、刷新しつつ、時には後退もしつつ、日本サッカーは変わり続けている。



 知的ではあるが野蛮ではない。

 まず間違いなく、オマーンのリバス監督は日本をそう見ていたはずである。知的であるがゆえに、立ち上がりはセオリー通り静かにくる。野蛮ではないゆえ、強引なロングボールを放り込んだりはしてこない――。

 間違いではない。近年の日本代表は、確かに知的ではあっても野蛮ではなかった。徹底してボール保持率にこだわり、まず内容で相手を圧倒しようというサッカーを志向してきた。

 だが、この日の日本は少し様子が違った。天気予報風に言うならば「知的ときどき野蛮」だった。


 不安は薄まれど期待は高まらず、といったところだろうか。

 メンバーがかなり落ちていたとはいえ、そして決定的な場面で相手の信じられないようなミスがあったとはいえ、コートジボワール、パラグアイという タフな相手に1ゴールも許さなかったのだから、守備に関してはまずいうことはない。失点がなかっただけではなく、与えた決定機の数が少なかったことも、高 く評価できる。

 グループ2位までが次のラウンドに進出できるW杯3次予選の場合、日本にとって大切なのはまず負けないことである。バーレーンで喫 した痛恨の1敗は、そのことをあらためて選手やスタッフに痛感させたに違いない。守備のバランスは、間違いなく数カ月前よりもよくなってきた。これなら ば、オマーンに負ける心配はあまりない。不安が薄まったというのはそれゆえである。



 フランスからいいニュースが飛び込んできた。近年、若手の登竜門として注目を集めているトゥーロン国際大会に出場しているU―23日本代表が、北 京五輪で対戦するオランダを1―0で下したという。相手は控え選手中心だったとはいえ、これは快挙といっていい。しかめっ面の下でほくそえむ反町監督の姿 が目に浮かぶようである。

 もう一つ、わけのわからないニュースもあった。IOCが商標表示の厳格化を打ち出したというニュースである。

 「協会のエンブレムはレプリカを売るなど商業行為につながる可能性がある」というのがその理由だそうだが、これがまたさっぱり意味がわからない。 やたがらすと日の丸。どちらを複製するのがたやすいかは小学生でもわかる。しかし、普段使われていないタイプのユニホームが五輪限定で使用されるとなる と、レプリカの出回る可能性はより高くなる。



 これはもう、いくら何でも異常事態である。

 第12節がほぼ終了した段階で、得点王ランキングの上位に日本人FWの名前が1人もない。6ゴールをあげている浦和の闘莉王が3位につけているも のの、点を取るのが本職のはずのストライカーとなると、10位以下に目を向けなければならない。世界中のリーグを見渡しても、これほど自国のストライカー が点を取れていないリーグは珍しい。



 刈谷というのが日本のどこにあるかは知らなかったが、「刈谷の赤襷(たすき)」の存在は知っていた。ペルー代表のようであり、リーベルプレートのようでもある、独特のユニホーム。関東でサッカーをやっていた人間にとっても、それは特別な存在だった。
 その「赤襷」が、JFLで奮闘している。

  地方自治体の強いバックアップを受け、最終的な目標をJリーグ入りに置くチームが多いJFLにあって、FC刈谷は純然たるアマチュアである。すべての選手 たちが昼間の仕事をこなし、休日を返上して試合に参加する。会社の出張が入ってしまい、泣く泣く試合出場を断念する選手も少なくないという。



 かつてフランス23歳以下代表を率い、現在はJFLのFC琉球で指揮を執るジャン・ポール・ラビエ「監督」は不思議そうだった。

 「いざピッチに立てば、主役はあくまでも選手。監督にできるのは助言でしかないのだが、日本の選手たちは、それを命令と受け取っているフシがあるんだ」

 フシがある、ではなかった。FC琉球の選手たちは、彼の「助言」を間違いなく「命令」として受け取っていた。わたし自身「上がろうとしたら怒られた」「下がれと言われたので下がった」といった選手たちの言葉を、数多く耳にしてきたからである。



 

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