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 多少の驚きを覚えつつも、思わずニヤリとしてしまった。4カ国対抗トーナメントの最終戦、ボツワナに敗れた直後の反町監督のコメントである。「この1年、何をやってきたのかわからないような戦いでした」

 怒りをかみ殺すのに必死、といった表情でのコメントだった。決して強豪がそろったとは言い難い大会で、優勝どころか3位に終わってしまったのだから、監督の怒りもわからないではない。

 ただ、内容に目を向ければ、褒められたものでなかったのは事実にせよ、反町監督があれほど激怒するほどひどいものではなかった。少なくとも、ここ1年間、ボツワナ戦よりもひどい内容の試合はいくつかあった。

 つい最近にも、同じようなことがあった。



 西洋医学タイプか。それとも東洋医学タイプか。医学に対して半可通であるのを承知で言わせてもらうならば、サッカーの監督には2つのタイプがあ る。西洋医学タイプの監督としてまず思い浮かぶのは、昨年のW杯でオーストラリアを率いていたヒディンク監督である。大会終了後、直接話を聞く機会があっ たのだが、彼が徹底して日本の長所を消す策をとっていたことがあらためてわかった。つまり、患部を切除するなり抗生物質で叩くなりする西洋医学である。

 一方、4位に終わったアジアカップでの日本が腐心していたのは、相手の武器を消すことではなく、自分たちの長所を出すことだった。ヒディンク監督があくまでも勝つことを目指す監督だとしたら、オシム監督の場合は「いいサッカーをすること」も重要な目的になっている。



 アルゼンチンの優勝で終わったU―20W杯で、日本はフェアプレー賞を受賞した。発表の瞬間、会場は意外なほど大きな拍手に包まれ、欧州や南米の サッカー先進国ではほとんどなんの意味もなさないこの賞が、北米ではまた違ったニュアンスで受け入れられることを教えてくれた。

 た だ、その一方で、FIFAの技術委員会が選出した優秀選手27人の中に、日本選手が1人も含まれていなかったという現実もあった。選出対象となるのは決勝 トーナメントに進出した16カ国だったが、選ばれなかったのはコンゴ共和国、ガンビア、日本の3カ国だけである。チームとしては素晴らしい戦いをみせた日 本代表だったが、個々の能力では際立った部分がなかったと評価されたのだろう。



 まったく一般的にはならなかったが、10年ほど前、アトランタ五輪に出場したメンバーたちを「ジェネレーションA」と名付けたことがある。

  世界大会なんて夢のまた夢。アジアで勝つことさえ夢。負けることに慣れたそんな世代と違い、少なくともアジアを勝ち抜くのは当たり前、世界でも自分たちで 戦っていけるという実感を持った世代。彼らの出現によって、日本のサッカーは今後コンスタントに世界に出て行くはずだと確信した、あるいはそう思い込みた かった記憶がある。

 幸いにして、アトランタ五輪以降、日本のサッカーはほとんどすべての世界大会に出場を果たしている。もはや、アジアでの勝利は夢ではなく義務となり、その意識は、国民全体にまでしみ通りつつある。



 3連覇なるか否か。

 実力的には十分に可能だろうが、おそらくはなしえない、とわたしは思っている。初戦のカタール戦でふがいない引き分けをしてしまったから、ではない。勝つために必要な条件が、今回の日本代表には欠けているからである。

 昨年のW杯惨敗でわかったこと、それは周囲からの圧力がないと日本人は力を発揮することができないということだった。テレビ朝日がW杯アジア予選 の際に使った「絶対に負けられない戦い」というキャッチフレーズには、現役の選手から「あんなプレッシャーをかけられたらたまったものじゃない」という不 満の声も上がっていたが、それでも、アジアレベルでは負けられないというのは、日本人の総意でもあった。



 この日、両チームの選手が排出したCO2の総量は、欧州や南米の1試合につき排出される量に比べ、4割ほど少なかったに違いない。そういう意味では、実に地球に優しく、ファンには退屈な試合だった。

 ただ、その原因の大半がカタールの側にあることは、負け惜しみではなく指摘しておきたい。プロ・スポーツにとって結果はもちろん大切だが、同じぐらい内容、つまり娯楽性も重要である。しかし、残念なことに、この日のカタール選手からファンを意識したプロ意識は微塵( み じん)も感じることができなかった。彼らにあったのは、ただただ結果の追求。どんな内容であれ、勝ち点さえ奪えればいいというエゴイズムだけだった。

 まして、試合が行われていたのは気温30度、湿度70%を超えるベトナムである。そんな状況で、相手がスリリングな勝負などまるで望んでいなかったのだから、いくら日本が頑張ったところで試合がエキサイティングなものになどなるはずがない。


 期待していたU―20日本代表がスコットランドとのU―20W杯初戦に3―1と快勝した。3ゴールのうち2ゴールは相手のお粗末なミスだったことを思えば、手放しに喜ぶわけにはいかないし、スコットランド側にもう少し「謙虚」な物の見方があれば、ああも日本が自由にプレーできることはなかっただろう。サッカーの母国からやってきた少年たちは、自分たちの方が実力的に上だと信じきっていたため、日本の長所を消すという発想をはなから持ち合わせていなかった。


 A代表が国際大会に出場するなど夢のまた夢だった70年代から80年代にかけて、若年層の代表チームは日本のサッカーファンにとって唯一の希望だった。特に、79年にワールドユースが日本で開催されてからは、その傾向がより強くなった印象がある。

 だが、A代表がW杯に出場することが当たり前になってくると、若年層への注目は徐々に薄れ始めた。もっとも、これはある意味で健全な変化でもあった。最高のプレーヤーだけが、最大の注目を浴びることができるという常識が、行き渡り始めたことの証明だからである。

 そんなわけで、まもなくカナダで開幕するU―20W杯への関心は、さほど高いとはいえない状況にある。ただ、個人的にはこの大会が日本サッカーにとって新時代に突入するきっかけになるのではないか、という予感がしている。


 数年前、日米野球で来日したヤンキースのトーリ監督の言葉に感銘を受けたことがある。

 「今日だけは、君はヤンキースよりも偉大だ」

 凱旋試合ということもあり、日本中のメディアから注目される松井秀喜に対しての言葉だったそうだが、見方を代えれば、本来は松井だろうがAロッドであろうが、おそらくはベーブ・ルースであろうが、ヤンキースほどには偉大ではないという常識が、アメリカ球界にはあるということの証でもある。


 北京を目指す五輪代表の最後の相手が決まった。サウジアラビア、カタール、ベトナム。アテネの最終予選に比べると、かなり厳しい顔ぶれとなった。4年前、「日本が五輪にいける可能性は何%ですか?」と聞かれるたび「ほぼ100%」と答えていた記憶があるが、今回は「フィフティ・フィフティ」としか言いようがない。


 宿敵イラン、さらには今予選からアジアに参入してきた強豪オーストラリアを退けてきたサウジアラビアはもちろんのこと、カタール、ベトナムも侮りがたい。W杯予選も含め、ここのところ比較的楽な最終予選が多かった日本だが、今回は久しぶりにしびれるような戦いを強いられることになる。

 ただ、若い選手にとっては素晴らしい経験となる。


 オシム監督は満足げだったようだが、それは前半の出来があまりにも悪かったため、比較的マシだった後半の内容が素晴らしく見えてしまったからではないか。いくら相手が実力国コロンビアだったとはいえ、わたしには到底満足することなどできない試合だった。

 ただ、興味深い試みが見られたのも事実である。

 昨年のW杯でオーストラリアを率いて日本と戦った現ロシア代表のヒディンク監督は、カイザースラウテルンでのキックオフ前、日本のメンバー表を見て狂喜したという。


「今日は加茂さん主催の食事会だから」

 サッカー専門誌の記者をやっていたころ、編集長がそういって出かけていくのを見送った記憶がある。まだJリーグは発足しておらず、サッカーといえばマイナースポーツの象徴のように扱われていた時代だった。

 昨年からCOTY(日本カーオブザイヤー)の選考委員を務めさせていただくようになった関係で、自動車関係の仕事が多くなっている。先日も、世界3大レースの1つと言われるインディ500のプレスツアーに参加してきた。


 ビッグ、ビッグ、ビッグ。販売開始直後のちょっとしたブームは別にして、こんなにもサッカーくじが世間の話題にのぼったことはなかった。普段はサッカーくじなど見向きもしなかった層が、決して多くはない販売店の前に行列を作り、テレビ局各局もあの手この手の特集を組んでいた。自分の買ったくじのあたり外れを確認するために、スポーツニュースにチャンネルを合わせた人も多かったことだろう。

 この好機を、主催者側はどう利用するのか。

 買わない人はいつも買わず、買う人はいつも買う。それがこうしたくじの特徴だとするならば、今回、サッカーくじは一気に大量の購入経験者を生み出したことになる。今後もキャリーオーバーが出るようなことがあれば、同じような現象が起きることは十分に考えられる。

 改革のチャンスは、いまをのぞいて他にない。


 収穫と課題がはっきりと見えた試合だった。

 収穫のもっともわかりやすい例は前半7分の先制点だろう。平山が起点となり、ダイレクト・パスが2本編み込まれて生まれた李のボレーは、世界のどこに出しても恥ずかしくない美しいゴールだった。反町監督はこの試合のテーマに「熟成」をあげていたとのことだが、互いの理解度が深まっていなければ生まれるはずのない得点でもあった。

 中でも嬉(うれ)しかったのは、一連の流れに細貝が入っていたことである。急遽(きょ)先発する形となった彼が、かくも自然な形で得点に絡めたということは、チームとしての意図がレギュラーのみならず、控えを含めたチーム全体に浸透してきていることを意味する。最終予選を考えれば、こんなに心強いことはない。


 8年ほど前、「監督が何を考えているかわからない」と愚痴った五輪代表の選手2人を「わからなければ聞きにいけ!」とこのコラムで批判したことがある。自分から行動を起こそうとせず、常に相手が自分の側に降りてきてくれるのを待つ姿勢が許せなかったのだ。

 そのうちの一人が、小野伸二だった。

 監督批判は、無論どこの世界でも容認されることではない。しかし、かつてはいじけるしかなかった青年が、レギュラーを外される危険性を承知で噛(か)みついていったところに、わたしはちょっとした喜びさえ覚えてしまった。


 ペレの完璧(かんぺき)なへディングシュートをイングランドのGKゴードン・バンクスが指先ではじき出す。いまなお「史上最高の大会」とも言われる70年W杯メキシコ大会におけるハイライトの一つである。


 だが、ブラジルがこの大会で優勝を飾り、その後もW杯の常連であり続けた一方、イングランドは暗黒時代に突入する。74年、欧州予選敗退。78年、同じく欧州予選敗退。ケビン・キーガンらを擁し、12年ぶりに出場したスペイン大会でも2次リーグ敗退という体たらくである。


 以前、ある競馬騎手から「俺(おれ)たちは負けるのも仕事のうちだから」と言われてビックリしたことがある。なるほど、競馬の場合は勝者は1人と1頭だけ。あとは全員が敗者となる宿命を背負わされている。手痛い敗北をいかに早く消化して次のレースに頭を切り替えるか。優秀なジョッキーにはそうしたことも必要になってくる。

 ただ、理屈ではわかっていながらも彼の言葉に驚いてしまったのは、わたしがサッカー畑の人間だったからだろう。試合数が少ないサッカーの場合、1つの負けは騎手の1敗、野球選手の1敗よりも相当に重い。4試合続けて負けるようなことがあれば、チームもファンも、この世の終わりのような気分を味わうこととなる。


 反町監督がシリアを自分たちよりも格上の相手であると選手に説いたのは、わずか2週間前のことである。選手を発奮させる意味もあったであろうこの言葉には、しかし、間違いなくいくばくかの真実も込められていた。

 それがどうだろう。シリアの選手にあきらめが見られたのは事実にせよ、敵地に乗り込んだ2週間前の挑戦者は、風格さえうかがわせる戦いぶりを見せた。後半は明らかに失速してしまったものの、9カ月前、中国相手に四苦八苦の試合しかできなかったことを思えば、考えられないほどの成長ぶりである。近年の五輪代表で、かくも短期間に大きな変化を遂げたチームはなかった。

 わたしが何より気に入ったのは、不安定極まりなかった最終ラインからのビルドアップに、ようやく形が見えてきたことである。梶山、青山敏が精力的に顔を出し、ほぼ100%に近い割合でボールを散らしたことは、大いに評価できる。


 古くはノッティンガム・フォレストの「三段跳び」がある。2部優勝。1部優勝。そして、チャンピオンズ・カップ優勝。最近では(といっても10年前の話だが)、ブンデスリーガにおける「カイザースラウテルンの奇跡」か。こちらはまさかの2部降格後、1年で復帰してすぐさまの優勝だった。長い歴史を持つ欧州のリーグには、おとぎ話のようなサクセス・ストーリーがいくつか記されている。

 ちなみに、ノッティンガム・フォレストは、いまは亡きブライアン・クラフ。カイザースラウテルンはオットー・レーハーゲル。開幕前は「降格を免れれば上出来」と評されていたチームを奇跡とも言える優勝に導いたのは、どちらも、極めて強烈なパーソナリティを持つ監督だった。これは決して偶然の産物ではない。

 サッカーに限らず、スポーツでは「何が起きるかわからない」ということがよく言われる。弱者であっても強者を倒すことは十分にあり得るわけだが、ファンやマスコミよりも内情を知り、また彼我の力関係をよく知る当事者の選手たちは、これから待ち受ける結果をある程度予想というか覚悟してしまっている場合が少なくない。良くも悪くも、自分で自分の可能性にリミッターを設定してしまうのである。


 ヤンキースがキャンプを張っていたフロリダ州タンパのレジェンズ・フィールドは、マウンドの勾配(こうばい)からアンツーカーの配合に至るまで、できる限り本拠地ヤンキースタジアムに近づけるべく努力がなされているという。松坂が3度目のオープン戦登板を果たしたスタジアムは、手をのばせばメジャーリーガーに触れることができそうなほど選手との距離が近かった。

 徹頭徹尾、選手のため。あるいは、ファンのため。メジャーリーグのスタジアムはもちろんのこと、マイナーリーグ用のちっぽけなスタジアムまで、その哲学は行き渡っていた。レジェンズ・フィールドの道路を挟んだ反対側には、アメリカンフットボール用のレイモンド・ジェイムス・スタジアムがあったが、こちらも、外から見ただけで中に入ってみたくなるようなスタジアムだった。

 日本のスタジアムは、誰のためにあるのだろう。


 

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