インドで行われているアジアユース選手権で、19歳以下の日本代表が快調に勝ち星を重ねている。一応、数字上ではグループリーグ敗退の可能性が残っているとはいうものの、現実的にはほぼ決勝トーナメント進出を決めたといっていい。まずは、奮闘する選手たちに拍手を送りたいと思う。
今回、アジアユースに出場している選手たちは、2年前、U―17世界選手権のアジア予選でよもやの敗退を喫した世代である。正直、静岡で開催された予選を観戦した時は「これは...」と考え込んでしまったものだった。
インドで行われているアジアユース選手権で、19歳以下の日本代表が快調に勝ち星を重ねている。一応、数字上ではグループリーグ敗退の可能性が残っているとはいうものの、現実的にはほぼ決勝トーナメント進出を決めたといっていい。まずは、奮闘する選手たちに拍手を送りたいと思う。
今回、アジアユースに出場している選手たちは、2年前、U―17世界選手権のアジア予選でよもやの敗退を喫した世代である。正直、静岡で開催された予選を観戦した時は「これは...」と考え込んでしまったものだった。
単なるコンディショニングの問題なのか。それとも反日教育の影響なのか。8月の秦皇島では要所要所に「牙」を感じさせた中国の若い選手たちは、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまっていた。自分たちが日本を憎んでいるのだから、日本も自分たちを憎んでいるはず。そんな妄想に端を発した脅(おび)えが、粗削りではあっても迫力のあった彼らの攻めから、最大にして唯一の武器を奪い去ってしまったのかもしれない。
「彼はわが国のサッカーにとって、史上初めてとなるアメとムチの両方を持ったタイプの監督なのです」
ロシア・サッカー協会の関係者から、そんな言葉を聞いた。
W杯終了後、昼間の試合が2試合あったことを嘆いたジーコ氏は、大会前、オーストラリアのテレビ局に「暑くなれば日本が有利だ」と語っていたとい う。一方、オーストラリアの選手たちがヒディンク氏から言われていたのは「後半になれば日本は絶対にペースが落ちる。彼らは90分プレーし続けることはで きない」ということだった。
むろん、どちらの言葉も、対戦相手への牽(けん)制であったり、味方をいい意味で洗脳するためであった りという面はあったはずで、それが本音だったとは必ずしも言い切れない部分はある。もし日本が残り8分間をしのぎきっていれば、正しかったのはジーコで、 ヒディンクは認識を誤っていた、ということになっていただろう。
いい試合だった、というよりはいい相手だった、というべきだろう。極端に浅い最終ラインを敷くガーナは、日本の選手たちに勇気の先に待つ果実の存 在を教えてくれた。リスクを背負って縦にチャレンジする勇気を持てば、チャンスはそこに転がっている。そして、球際での激しいチェックは、果実を口にする ために必要なものも教えてくれた。シュートを枠に飛ばすための技術である。
それにしても、改めて思うのはW杯における日本代表の不甲斐(ふがい)なさである。
この日ガーナと戦った日本代表に、海外でプレーする選手は1人もいなかった。攻撃に関しての骨格は見えず、最終ラインからのつなぎではずいぶんと 危なっかしい場面も見られた。にもかかわらず、相手ゴールににじり寄ろうとする選手たちの気迫は、ドイツで戦ったチームよりも明らかに上回っていた。チー ムとして、気迫を観客に伝える術(すべ)を持っていた。
加茂周氏に与えられた使命は「初のW杯出場」だった。それゆえ、予選突破が危ぶまれる状況に陥った段階で、氏は更迭された。
トルシエ氏に与えられたのは「地元開催となるW杯での決勝トーナメント進出」であり、その後を受け継いだジーコ氏には「本大会でのベスト8」という目標の 設定がなされた。2002年がベスト16だったから今度はもっと上にいける、という発想はいささか安直ではあったものの、ともあれ、ここ最近の日本代表と その監督に明確な目標設定がなされていたのは事実である。
F1のイタリアGPを観戦してきた。決勝ラウンド当日はセリエA開幕と重なる日程となったが、翌日の新聞の多くは1面にF1、いやM・シューマッハの写真を1面に持ってきていた。「帝王」と呼ばれた男が、ついに引退を発表したからである。
どんなスポーツであっても、希有(けう)な才能の引退はある種の寂しさと空虚さをもたらすもの。モンツァ・サーキットには「やめないで」というシューマッ ハへのメッセージを書いた垂れ幕が数多く見られたが、願いが叶(かな)わなかったいま、彼らの多くは胸にポッカリと穴があいたような気分だろう。
日本代表は心配。五輪代表はもっと心配。だが、いまわたしか一番気になっているのは、さらにその下年代についてである。
磯 貝が現れたかと思えば小倉が現れ、中田が出現したかと思えば小野が続く。ゴールドラッシュよろしく、毎年毎年新たな鉱脈が発見され、レベルも右肩上がりの 状態が続いていたもの今は昔。ここ数年、日本の若年層からは「怪物」とか「天才」と言われるような選手がでてきていない。
残念ながら、その傾向は今年も続きそうだ。というのも、先月、大阪で行われた高校総体をのぞいてきたのだが、こちらが名前と顔を覚えておきたい、というような選手にはついにめぐり合うことができなかったからである。
そもそも、日本の選手はパワープレーなるものをどう考えているのか。
わたしの考えるパワープレーとは、最もヘディングの強い選手にクロスを合わせ、2列目、3列目の選手がこぼれ球に飛び込んでいく、というものだ。だが、
日本を代表する選手がやったパワープレーと言えば、漠然とゴール前に放り込むだけで、誰を狙っているかがさっぱりわからない代物だった。
点を取れないストライカーに突如としてロナウドになれといっても無理な注文であることはわかっている。だが、終盤に入ってからのイエメンは中盤での争いを 放棄し、ゴール前を固めることに躍起になっていた。つまり、センタリングを上げる選手の多くは、ほぼノープレッシャーでボールを蹴ることができたのであ る。いってみれば、試合前のウォーミングアップでロングパスを蹴りあうような状況でありながら、ロスタイムに入るまで効果的なクロスがいれなれなかったの だから話にならない。
負けて気分のいいはずもないが、敗れてなお安堵(ど)した、というのが正直な感想である。中田英寿はいなくなった。中村俊輔も、小野伸二もいな い。日本代表の中盤を支えてきた顔ぶれがごっそりぬけてなお、W杯出場メンバーを数多く残したサウジアラビア相手に、敵地で互角の戦いを見せた。新たな可 能性、方向性も感じさせた。いまは、それでよしとしたい。
イエメン戦のあと、オシム監督が「各駅停車のようだった」と揶揄(やゆ) した最終ラインでのボール回しは、格段にはやくなっていた。もっとも、その速さは「相手を崩すため」のものというよりは「そうしなければならないから」的 な速さであり、サウジアラビアにとってさして脅威になったとは思えない。だが、最終ラインが各駅停車から準急に昇格したことで、準急だった中盤より前が急 行に昇格したのは収穫だった。
なぜ高校野球は紆(う)余曲折を経ながらも人気を保ち続けているのか。なぜ阪神は壊滅的な成績しか残せない時期が長く続いたにもかかわらず、ファンから見捨てられなかったのか。
甲子園の存在があったからではないか、とわたしは思う。
そもそも甲子園とは、東洋一、世界一の野球場を、との志をもって建設された球場である。正直、21世紀のいまとなっては、快適性や利便性において 劣悪な部分も目につくが、それでも、球場内に足を踏み入れた途端に視野に飛び込んでくる光景の雄大さは、設計段階での志の高さをうかがわせるものだ。
世間の目はA代表と新監督ばかりに向けられてしまっているが、いま、わたしが一番気になるというか、心配なのは五輪代表の方である。
ここ10年で最弱――それが中国との初戦を見ての率直な感想である。結果こそ2―0と快勝に近いものだったとはいえ、個々の能力では完全に中国に見劣りし ていた。小野たちがいたシドニー五輪当時のチーム・ポテンシャルを100としたら、せいぜい60といったところか。現時点では本大会でどこまでいくか、で はなく、予選突破がなるかどうかを本気で心配しなければならないレベルである。
よし、勝ち点3だ...などと喜べる内容でなかったのはいうまでもない。特に、前半の内容は相当にお粗末だった。「想像力」「自信」「勇気」「飢え」――目についたのは足りないものばかりだった。
◆日本2-0イエメン
立ち上がりからイエメンは引き気味だった。なぜ引き気味だったのかはいうまでもない。日本の力を恐れていたから、真っ向からぶつかりあっては勝ち目のない相手と考えていたから、だった。彼らはそもそも、サッカーをやろうとさえ考えていなかった。
なぜ日本の選手は、そんな相手の心理を「想像」することができないのか。なぜ自分たちのストロング・ポイントに対する「自信」がないのか。なぜ2列目、3列目から飛び出す「勇気」をもたないのか。
失礼を承知でいわせてもらうならば、この日のトリニダード・トバゴは日本にとって「負けるのが難しい」レベルの相手だった。新しい日本代表が評価を高めるために必要だったのは、結果ではなく、内容だったのである。
チームを結成してから間がないこと。およそサッカーをやるにはふさわしくない湿度の中での試合だったこと。ガンバやジェフの選手がいなかったこと。同情す べき点はたくさんあるし、オシム監督の手腕に疑問符を付けるつもりもない。だが、率直に言って、この日の日本代表の戦いぶりに私は失望した。不満の声を上 げるでもなく、単調に歌い続けたサポーターにも失望した。監督が変わったところで、プレーするのも応援するのも日本人である以上、そう簡単に日本代表が変 わるはずがないということをあらためて思い知らされた。
東欧諸国やアフリカ、アジアの選手にとって、W杯は自らを売り込むショーウインドーでもある。
もちろん、どの国の選手にとっても最大の目標が母国の勝利であることはいうまでもない。だが、生活の糧を得る場がクラブチームである以上、より高いギャラを支払ってくれるクラブへの移籍を夢見るのも、また当然のことである。
セリエAの八百長問題が大事になってしまったことで、今年はいつになく移籍市場が活発に動いている。8月31日のクローズまで、まだまだ大物の移籍が成立する可能性は十分にある。
イビチャ・オシムが優秀な指導者であることに疑念をはさむつもりはない。W杯イタリア大会で旧ユーゴスラビア代表が見せた魅力的なサッカー、決し てタレントに恵まれているとは言い難かったジェフ千葉の変貌(ぼう)ぶり。どちらも、有能な人間でなければなし遂げられない類のものだった。
とはいえ、あまりにもおめでたすぎはしないか。
オシムだったら強くしてくれる。オシムだったらなんとかしてくれる。だって、こんなすごいヒトなんだから――最近の新聞やテレビには、あまりにも楽観的な、そして安易な依存の精神が見え隠れする。
「Jリーグから始めよう」
テレビCMでそう言っていたのは、4年前のジーコだった。いつの間にか、ジーコはJリーグで活躍している選手よりも海外のクラブに所属している選 手に重きを置くようになっていったが、どれほど海外に移籍する選手が増えようとも、Jリーグこそが日本サッカーにとってもっとも重要な基盤であることは間違いない。
W杯決勝翌日のドイツでは、早くも新シーズンのブンデスリーガのCMが始まっていた。人々は、壮大な宴が終わった喪失感 を、新たなシーズンへの期待に切り替えることができる。レベルはともかく、ここのところ欧州でもトップクラスのスタジアム占有率を誇っていたブンデスリー ガは、今年も満員の観衆で膨れ上がることだろう。
フランクフルトの中心を流れるマイン川のほとりは、いつもの静けさを取り戻していた。両岸を埋めつくしていた露店はきれいさっぱり撤去され、前日 までのにぎやかさは想像するのも難しいぐらいだった。街中のいたるところにかけられたペナントやフラッグも、そのほとんどが回収されてしまっている。W杯 は終わった。あらためてそう実感させられる光景だった。
カメラマンとして取材した知人によると、今回は「史上最悪のW杯」だったそうである。
「こんなにピッチに入れないW杯ってなかったよ。これじゃ仕事になりゃしない」
大きく抜け出したブラジルをクロアチアが追い、やや遅れて日本とオーストラリアが続く――。常識的に考えれば、F組の展望はこんな感じになる。
だが、各国のテストマッチを取材していくうち、わたしの中では少し序列が変わってきている。クロアチアがやや下がり、オーストラリアと日本が並んだような印象を受けるのだ。
なぜクロアチアの評価が下がったのか。それは中盤の構成力の低さにある。
日本がレバークーゼンでドイツとどつきあいを演じていたころ、400キロ離れたスイスのバーゼルでは、ブラジルがルツェルンという小さな街の選抜 チームを血祭りに上げていた。ロナウド2点、アドリアーノ2点、カカー、ジュニーニョ・ペルナンブカーノ、ロビーニョ、ルッシオが1点ずつ。地元協会が選 んだ試合のMVPにはロナウジーニョが選ばれた。
と書くと「やっぱりブラジルは強いのか」と思われる方がほとんどだろう。もちろん、弱くはない。しかし、気温5度の中での試合が終わったとき、わたしは希望の光を見いだした気分になっていた。
後半20分に主力を一気に交代させるまで、ブラジルは13度の決定的な場面をつくっていた。興味深かったのは、その内訳である。右サイドからが10回。中央からが2回。左サイドからは1回しかなかったのだ。